Noz

OR出身, 小売系データ分析

現場に近いデータサイエンスしたい話

漁業体験@天洋丸

1ヶ月以上前のことですが、大学院の先生から紹介を受けて天洋丸さんの「一年漁師」に参加してきました。データサイエンスと経営の研究をする身として、実際の現場で何が必要とされているのかとても興味があり最高の機会でした。漁業体験を振り返りながら、参加後に考えたことを残しておきます。

「一年漁師」は、寮に滞在しながら天洋丸さんの実際の業務に参加できるプログラムです。煮干しの原材料のカタクチイワシを採る「まき網漁」などを体験できます。僕は短期の滞在でしたが、数週間から数ヶ月の滞在も珍しくないそうです。詳しい内容についてはホームページの方をぜひご覧ください。

tenyo-maru.com

天洋丸さんは、料理の出汁に使われる「煮干し」や、煮干しで育てた鯖を使った「ニボサバ茶漬け」などなど出荷・販売し、漁獲や養殖から食品加工まで一貫して手がける会社です。自宅で「ニボサバ」を漬けにして食べたのですがとても美味しかったです。旨味の強さに脂のノリ具合もちょうど良くて、港町育ちで頻繁に魚を食べて育ってきた僕としも抜群でした。帰宅後1日経って母が捌いたのですが、身が割れる気配が全くないことに驚いてました。お茶漬けは福岡市大濠公園にある&LOCALSで食べれるそうです(^ ^)

自宅で漬けにしたニボサバ

参加した理由

大学院で研究しているものは大雑把にいうと経営課題の数理的な解決法1です。大学・大学院で勉強を進めるにつれて、「実際に役に立つ手法を作ってみたい」とずっと思ってきました。しかし、現場を知らずに作ってしまうと、所詮はただの思いつきです。実際、機会があるときに現場を知る人達に話してみても「かけた時間の割に効果が小さそう」、「一番改善したいのはそこじゃない」という反応ばかりでした。

とはいえ、実際に現場を知る機会はなかなかありません。そういった点で、綺麗な寮があって長期間参加させてもらえた天洋丸さんの環境は最高でした。

参加したもの

初日は漁業体験の参加者向けに実施しているイカかご漁・蛸壺漁に行きました。湾内で揺れも少なく、獲れたイカとタコを加工室で捌いて、その日の夜に寮のみんなと食べました。めちゃくちゃ美味しかったです。「はしり蛸」2と言われるだけあります。

イカかご漁・蛸壺漁

午後には、煮干しで育てる「ニボサバ」の餌やりに同行しました。バッシャバッシャと煮干しを食べるサバも迫力ありましたが、何より横のタイやアジがかなり立派でそちらの迫力もすごかったです。

ニボサバのいけす

初日の残りの時間は、「漁網たわし」3を作りました。漁で長年使ってきた網をタワシに再利用する商品です。僕は手先が不器用でこの手の作業にやや気後れしていましたが、みんな丁寧に教えてくれて徐々に覚えることができました。

漁網たわし

2日目はロープワークを習いました。縄の太さ、縄にかかる力の大きさ、結ぶ対象によっていろいろな種類があるそうです。もともと知りたかった結び方も教えてもらえて終始興味が尽きない時間でした。

ロープワーク勉強中

イカ・タコ漁とニボサバの餌付けは漁業体験として半日から参加できるそうです。今回参加した時期は、まき網漁がどちらかというとオフシーズンとのことで、「漁網たわし」作りのほかに、倉庫の整理などをお手伝いさせてもらいました。まき網漁は6月以降は頻繁にあるとのことで、次はそこを狙って参加したいです。まき網漁の様子はくるみ@漁師の旅人さんの投稿がとてもわかりやすいと思います。(「まき網漁が続いた時の私のスケジュール」)

データサイエンスと繋げてみる

天洋丸さんの漁業体験に参加しつつ、聞いたお話を参考にして何ができそうか考えてみました。ただ、冒頭でも言った通り、素人の妄想に過ぎないのは変わりないかもしれませんがとにかく考えてみました。

何ができそう?

僕が大学院で勉強している分野は、「何らかの計画」をうまくやるための手法を構築してきました4。具体的には、輸送や在庫などの配分を調整するときに応用されています。

例えば、燃料の状況を加味した運用計画を自動で策定した関西電力の例などがあります5。火力発電にはさまざまな種類の燃料が必要でそれぞれ使うべきタイミングがあるそうです。ベストなタイミングで使えるように在庫量や輸送の計画を調整する役目は、長年の経験を積んだ熟練者しか担えませんでした。それを自動で調整するソフトを開発したのがこの例です。もちろん導入するには開発コストがかかるというデメリットが生じますが、

  • 熟練者以外でも計画の策定ができるようになる
  • 計画の策定が早くなり、よく検討できるようになる

という点でメリットが優ったようです。しかし、事業の規模や質によって、必ずしもメリットが優るとも限らないので、そのあたりはよく検討する必要があると思います。さて、今回は原材料など「モノ」ではなく、人員配置のフレームワークを考えてみたいと思います。

非定型業務の記録とスケジューリング問題

「その日の仕事を数字として記録したいけど、毎日いろいろな種類の仕事をこなしていく必要があり、それらを一つ一つ記録するのは難しい」というお話を天洋丸さんで聞きました。記録さえできれば、どういう仕事を、どのくらいの時間で出来たか検討し、スケジューリングや人員配置の改善につながるはずです。今回はざっくりと、「より良い仕事の割り振り方を得る」というのを目標にして、記録の方法を自分なりに検討して、メリットとデメリットを整理してみたいと思います。

問題設定

ベテランのAさん、中堅のBさん、新人のCさんの3人が毎日さまざまな業務をこなしていきます。ある日の業務は以下であるとします。

  • 倉庫の片付け
  • 出荷
  • 雑貨製作

従業員ごとに時給は変わるので、割り振り方を工夫してできるだけ安く業務が終わるようにしたいです。まず、1人で業務を担当した場合、それぞれの業務がどのくらいで終わりそうか(ふわっと)予測します。今回の例はAさん、Bさん、Cさんになるにつれて時間がかかるイメージです。

1人の場合、何時間かかるか

さて、少し考えやすくするため、上記から「1人だと1時間あたりだと何%終わるか」に捉え直します。もし1人で2時間かかる仕事があれば、1時間で50%すすむというわけです。2人いれば1時間で終わそうです。

以下の表がAさん、Bさん、Cさんの値です。Aさん、Bさん、Cさんの順で1時間あたりに終わる割合が小さくなります。

1時間あたり何%終わるか

次に、仮に時給が以下のようだとします。仕事が早さに対応して、Cさん、Bさん、Aさんになるにつれて時給が高いです。

Aさん、Bさん、Cさんの時給

人件費を最小化するように割り振る

ここで一旦、話を整理します。人件費を最小化する仕事の割り振り方を見つけたいです。ただし、以下のような条件がつきます。

  • それぞれの労働時間は8時間以内
  • その日のうちにそれぞれの仕事を100%終わらせる

この時、その日の人件費を最小にする仕事の割り振り方がエクセルの分析ツール「ソルバー」6で(ある程度)わかります。結果は以下のようになります。

人件費を最小化する仕事の割り振り方

Aさんは出荷に3時間、Bさんは雑貨製作に2時間、Cさんが倉庫の片付けと雑貨製作に6時間と2時間ずつ割り振られれば、人件費の総額が最小化されるということです。ちなみに人件費は以下のようになります。

最小化された人件費内訳と合計

手作業でしようとするとそこそこ複雑ですが、エクセルで瞬時に解決できてしまいました。

そんなうまくいく...?

現実がこのような教科書通りの問題設定なら、ここまでの分析によって人件費が最小化することが出来ます。 しかし、今回は少なくとも以下が成り立っていると仮定しています。

  1. 人数が増えるのに比例して仕事が終わる時間が減少する。
  2. 仕事場の間に距離がない。
  3. 仕事をどの順序でしても時間が変わらない。
  4. 有資格者の参加が必要なタイプの仕事がない。

(1.)は例えば、1時間で30%進められる人と、1時間で50%進められる人が一緒にやれば、1時間で80%進むという仮定です。しかし、現実は必ずしもそうではなく、3人入れる倉庫を片付けるときに100人投入しても、そこまで早くならなそうです。(2.)は、仕事場の間に距離があると移動に時間がかかるため、できるだけ1人が1つの仕事を担当すると時間がかからないという点を本来は考慮するべきです。(3.)は、体力を使う仕事の場合、その日の前半でやるのと後半でやるのでかかる時間が変わりそうです。(4.)は、操船など資格が必要で一部の人しかできない仕事を仮定していないということです。

逆にいうと、これらを分析に組み込むことで、より現実に沿った結果を得られそうです。というより、これらの検討事項に至るまでが一番難しい気がします。上記のほかに検討するべき仮定があるかもしれません。むしろ、まだまだたくさんある気がします。

現場から遠いデータサイエンス

何を記録するべきか

今回の例で必要なデータはAさん、Bさん、Cさんが各仕事にかける時間です。とはいえ、日ごとに違う仕事を細かく分類して記録するのは手間なので、ざっくり分けて記録するのがいいかもしれません。例えば以下のように毎日の仕事を分類して3人がどれだけ時間をかけたか記録すると手間が少ないです。

  • 場所を問わずに「片付け」
  • 対象を問わずに「輸送」
  • 商品を問わずに「加工・製作」

あとはこれらの記録と、経験者の勘を頼りにそれぞれが各仕事にかかる時間を決めるといいかなと感じています7。あるいは、追加の仮定を検討すると、必要なデータが増えるかもしれません。その辺の塩梅は、実際に試しながら検証しつつやるしかない気がします。ただし、これはあくまで「人件費を最小化する」を目的としたときの1つのやり方に過ぎません。目的が違えば、手段も変わって必要なデータも変わるかもしれません。何を目的にするかというのも、現場でのコミュニケーションを経て考察するべきかなと感じています。

まとめ

天洋丸さんで業務に参加させてもらったのを振り返りつつ、データサイエンスで何ができそうか考えてみました。やはり、付加価値を生む施策は「現場でのコミュニケーションなしには辿り着かない」と改めて感じました。話を聞くだけでなく、実際に経験しないと何が問題かわかりませんし、業務中に聞く方が詳細に知れることが多いです。一次産業のDXに興味ある院生の皆さん、天洋丸さんまでぜひお問い合わせください。

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  • 「問題設定」の文章冒頭を「人件費を最小にする」という趣旨に修正しました。5/8, 2022