Noz

OR出身, 小売系データ分析

生産・サービスの効率性を測る包絡分析法(DEA):利点と仕組みを具体例で考えてみる

効率性の分析で用いられる通常の手法

何らかの生産やサービスにおける効率性を比較するとき、材料の量や作業時間と、最終的な製品やサービスの量を比にした指標で検討することが多いと思います。例えば以下のような指標です。

業種 効率性の指標例
木造アパート 面積あたりの木材量
面積あたりの作業時間
面積あたりの道具・設備の使用時間
自動車生産 1台あたりの直接作業時間
工場あたりの直接作業時間
面積あたりの道具・設備の使用時間
コーヒーショップ 一杯あたりのコーヒー豆(g)
一杯あたりの作業時間
家賃あたりの提供数

通常の分析:うまくいきそうなケース

木造アパートを例にとって考えてみます。アパートを建てるとき、より少ない木材で完成させるのが望ましいはずです。しかし、木材を破損させたり、加工に失敗したりすると想定より多くの木材が必要です。このとき、「面積あたりの木材量」という指標を使えば、各物件ごとに必要だった木材の量に関して効率性を比較できそうです。同じように「面積あたりの作業時間」、「面積あたりの道具・設備の使用時間」も、物件ごとに必要だった作業の時間や、道具・設備を使用した時間を比較できそうです。このように、生産やサービス提供の効率性を測ろうとすると、通常は複数の指標で判断することになります。ここで、4つのアパートを建て、以下のような結果が得られたとします。

物件A 物件B 物件C 物件D
面積あたりの木材量 100 200 140 180
面積あたりの作業時間 10 20 18 14
面積あたりの道具・設備の使用時間 6 12 10 10

上の表で、各指標の優劣を物件ごとに比較してみます。すると下図のようになります。

f:id:Noooooz:20220114014158p:plain

すべての指標で、物件Aが他の物件より優れています。つまり、物件Aが最も効率的であると判断できます。新たにアパートを建てるときは、物件Aの指標を達成できるように対策を考えれば良さそうです。

通常の分析:うまくいかないケース

ところが、4つの物件を建てた結果が以下のような場合はうまくいきません。

物件A 物件B 物件C 物件D
面積あたりの木材量 100 140 180 200
面積あたりの作業時間 20 18 10 12
面積あたりの道具・設備の使用時間 12 16 14 6

前の結果と同じように、各指標の優劣を物件ごとに比較してみます。

f:id:Noooooz:20220114014203p:plain

指標を一つずつ確認していきます。まず、「面積あたりの木材量」で最も小さい値なのは物件Aです。同様に「面積あたりの作業時間」と「面積あたりの道具・設備の使用時間」で最も小さい値はそれぞれ物件Cと物件Dです。つまり、指標ごとに最も優れる物件が異なっており、どの物件が最も効率的か一概には言えない状況です。

通常の分析:妥協案と問題点

このままでは、今後の新規物件で目指すべき最も効率的な値がわかりません。とりあえず上記の結果に基づいて分析を進めるため、試しに解決策を講じてみます。

  • それぞれの指標で最も良い値を目標にする。

差し当たって、表中にある一番良い値を各指標の目標にしておくという考え方です。しかし、よく考えると、この目標はそもそも達成不可能かもしれません。なぜなら、どれかの1つの指標を最も良い指標に近づけようとすると、他の指標が悪化するからです。木造アパートの例では、加工でミスしないように十分に注意すると「面積あたりの木材量」を改善できそうです。一方で、ミスしないように注意すると加工に時間がかかります。すると「面積あたりの作業時間」と「面積あたりの道具・設備の使用時間」が増加してしまいます。要は、ある1つの指標で最も良い値を達成しようとすると、他の指標を犠牲にする必要があり、上記の目標はそもそも達成可能ではないということです。それにもかかわらず改善のために予算や時間を無駄に費やしてしまうかもしれません。

  • 指標の順位が平均的に最も優れた物件を、最も効率的だとする。

このとき、3つの指標の平均順位は各物件ごとに以下のようになります。

物件A 物件B 物件C 物件D
指標の平均順位 2.33 3 2.33 2.33

同率一位が3つ出てきました。このとき、新規の物件で具体的にどの物件の指標を目指すべきかわからず、分析としてはあまり意味がありません。

木造アパートの例に限らず、冒頭の表にあった自動車生産やコーヒショップなど他の業種でも同じです。複数の指標を使って効率性を分析しようとする限り、以上のような状況と問題点を回避は困難です。

包絡分析法(DEA)

包絡分析法の利点

ここで有用なのが包絡分析法(DEA)です。包絡分析法は「効率値」と呼ばれる指標が効率性の程度を示します。この分析法の利点は簡単にいうと以下です。

  • 「効率値」という1つの指標のみを使うため、効率性の優劣が容易に判断できる。
  • ある材料や設備の量で、生み出せる製品やサービスの最大の量がわかる。
  • ある製品やサービスの量を生み出すために必要な材料や設備の最小の量がわかる。

効率性を比較できる仕組み

それでは、なぜ上記のようなことがわかるか、その概要を説明します。まず、以下の図をみてみます。

f:id:Noooooz:20220114010401p:plain

左の図は、木材の量が増えるほどそれに応じて部屋数も比例して増えています。これはどの物件も想定通りの木材の量で済み、木材の量が多い物件ほど、部屋数もしっかり多くなっている理想的な状況です。一方、右の図は木材の量が増えても必ずしも部屋数が増えていません。物件Bや物件Cは左図と比べて下側に点があり、加工のミスなどによって木材を浪費し、想定通りの部屋数に到達しなかったケースです。

上の左図では、物件Bや物件Cは本当は点線上にあるべきで、点線上にあるとき最も効率的に木材を使えています。逆にいうと、点線までの距離が大きければ大きいほど非効率です。そこで、「点線までの距離」を効率性の指標にすると、距離の大小がそのまま各物件の効率性の優劣として判断できそうです。この考え方に基づき、さまざまな材料や人員、設備を用いて製品やサービスを生み出す活動の、総合的な効率性を示す指標を「効率値」として定めます(下図)。

f:id:Noooooz:20220114014522p:plain

また、図からは以下のようなこともわかります。下図の左で、物件B、物件Cから真上に伸ばした矢印と点線が交わる点は「同量の木材で到達可能な部屋数」を示しています。また下図の右では物件B、物件Cから左へ水平に伸ばした矢印と点線が交わる点は「同じの部屋数で最小限の木材の量」を示します。

f:id:Noooooz:20220114014556p:plain

ここまでの例では、部屋を作るのに必要な材料が木材のみのケースですが、実際はさまざまな種類の材料や、人員、道具や設備が必要になります。そのような場合でも、包絡分析法は効率値というただ1つの指標のみで効率性を比較することができます。これが、この分析手法の大きな利点です。実は、「点線までの距離」で効率性を測ることでそれが可能となっています。ただその仕組みは、やや技術的すぎるのでここでは省きます。

まとめ

振り返り

当記事は以下のような流れでした。

  • 効率性を分析するとき、複数の指標を使って行われることが多い。しかし、具体的な改善案がはっきりしない。
  • 包絡分析法を使えば、総合的な効率性を「効率値」という1つの指標で判断できる。
  • さらに、無駄になっている材料の量や、増やせそうな生産・サービスの量も数字で把握できる。

包絡分析法(DEA)の限界

包絡分析法にも限界があります。たとえば、効率値だけで、「効率が悪くなる原因」までは特定できません。人為的なミスの他に、外的な要因によっても生産・サービスの効率性は悪くなります。つまり、たとえ包絡分析法が示す効率値が悪かったとしても、その原因が必ずしも改善できるとは限りません。

その生産・サービスの効率性に関係する要素が少なければ、経験則等でそれらの関係がはっきりするかもしれません。しかし、影響を与える要因が多かったり、そもそもノウハウがなかったりすると、効率値を出したところで「何が原因か」まではわかりません。解決策としては、「何が原因か」を調べる別の統計的手法を使ったりします。

最後に

今回は木造アパートを例として説明しましたが、他に例として挙げられそうな題材がありましたらぜひお声掛けください。

参考文献

刀根薫(1993)『経営効率性の測定と改善ー包絡分析法DEAによるー』日科技連.

より具体的な使い方はこちら↓ https://noooooz.hatenablog.com/entry/2022/01/18/020341